はじめに
『失踪日記』p.129から記述のある『ふたりと5人』は、(作者としては複雑な思いが伴っていたにしてもやはり)吾妻ひでおの出世作と言えようか。連載は週刊少年チャンピオン1972年10月9日号から始まって1976年9月6日号まで続き、秋田書店の少年チャンピオンコミックスでは全12巻になる(画像はその背表紙)。残念ながら現在は絶版のようなので、ここで紹介してみようと思う。
ただし、全12巻の単行本にさえ収録されていない話が2本あるようだ。1つはCMマンガの『ヒモつき ふたりと5人』(少年チャンピオン 1974年7月22日号)なのだが、もう1本はなぜ収録されていないのか理由が分からない(『ふるさとへ帰ろう』少年チャンピオン 1976年2月23日号。時期としては少年チャンピオンコミックスであれば第11巻、『カモナベ食べてスタミナを!!』の次に発表されたもの)。
アシスタントであった沖由佳雄さんが当時に聞かせてくれたところでは(僕の記憶が正しければ)、「嫁さんもらえるようになったのは単行本が出てからだ」と作者(吾妻ひでお)が語っていたとか。この『ふたりと5人』の第1巻こそがそれ、吾妻ひでお最初の単行本だったのである。週刊誌に連載を持つまでになっても原稿料というのはまだそんなに高額ではなく(しかもアシスタントを雇わねば原稿が間に合わず、その人件費は馬鹿にならない)、決して裕福などではなかったらしい。ただ(プライベートな事だが)単行本の出版は作者の挙式より後だったようだ。沖さんに語られたことは、"家庭を持ってやってゆくうえで収入にいくらかゆとりができ、明るい見通しが立ったのは単行本が出てからのこと"という意味だったのかも知れない。実際、単行本により作者にもたらされる印税というものは、マンガ家にとって冗談ぬきで本当に死活問題であると聞く。
(私事にわたって恐縮だけれども、)僕が最初に吾妻ひでおへファンレター(というより抗議の手紙?)を出したのはこの『ふたりと5人』連載中のことだった。およそ1年ほど読んでみたところで僕の頭に浮かんだのは、この作品が赤塚不二夫『おそ松くん』(1962-1967)と永井豪『ハレンチ学園』(1968-1972)を足して2で割ったようなマンガで、しかもマンネリ気味になってきたという感想だったのである。つまりは「吾妻ひでお作品らしい個性と魅力が不足している」といった不満だった。連載開始までのいきさつを知ってみれば全く無理もないことだったのだが……。とはいえ僕よりも後に生まれた読者は『おそ松くん』も『ハレンチ学園』も知らず、全く新鮮な気持ちで『ふたりと5人』を読むことができ、大喜びできたのだろう(だからこそかくも長く連載が続いたのだと思う)。この作品の連載当時に小中学生だった読者にとってはとりわけ懐かしいマンガなのではないか。僕にとっても今読み返してみると、クラス会に出席しているような独特の気持ちがこみあげる。あの日のまま少しも歳をとっていない登場人物たちと再会できるのは、まさにマンガなればこその幸福な魔法だ。
(少年チャンピオン 1972年10月9日号)
*この第1話では、主要登場人物たちの人柄や立場が一発で分かるよう紹介されている。しかし設定説明にはとどまらず、菊地家の人々が最初は4人しか登場しないなど、巧妙な演出と構成がなされており面白い。画像は単行本第1巻の表紙。
(少年チャンピオン 1972年10月16日号)
(少年チャンピオン 1972年10月23日号)
(少年チャンピオン 1972年10月30日号)
(少年チャンピオン 1972年11月6日号)
(少年チャンピオン 1972年11月13日号)
(少年チャンピオン 1972年11月20日号)
(少年チャンピオン 1972年11月27日号)
(少年チャンピオン 1972年12月4日号)
(少年チャンピオン 1972年12月11日号)
(少年チャンピオン 1972年12月18・25日号)
(少年チャンピオン 1973年2月26日号)
(少年チャンピオン 1973年3月5日号)
(少年チャンピオン 1973年3月26日号)
(少年チャンピオン 1973年4月2日号)
(少年チャンピオン 1973年1月1日号)
*はじめはユキ子1人が対応する予定だったものの、相手がハンサムだったため家族全員が「交代」を要求するというアクシデントが発生、ややこしい展開となる。また、単におさむが嫉妬心からお見合いを壊すとすれば利己的な干渉に過ぎないだろうが、菊地家に悪巧みがあるため期せずして正義(?)の役割も果たす事になっている。他愛無いドタバタと見えて、構成と演出にいろいろ計算が隠されているように思った。画像は単行本第2巻の表紙。
(少年チャンピオン 1973年1月8日号)
(少年チャンピオン 1973年1月15日号)
(少年チャンピオン 1973年1月22・29日号)
(少年チャンピオン 1973年2月5日号)
(少年チャンピオン 1973年2月12日号)
(少年チャンピオン 1973年2月19日号)
(少年チャンピオン 1973年3月12日号)
(少年チャンピオン 1973年3月19日号)
(少年チャンピオン 1973年4月9日号)
(少年チャンピオン 1973年4月16日号)
(少年チャンピオン 1973年4月23日号)
(少年チャンピオン 1973年4月30日号)
(少年チャンピオン 1973年5月7日号)
(少年チャンピオン 1973年5月14日号)
(少年チャンピオン 1973年5月21日号)
*これより単行本の第3巻となる(画像はその表紙)。今回のエピソードは、あとになってちょっと真実味を帯びてくるようだ。菊地家の家柄を考えると、もしかしたら埋蔵金などが本当にあるかもと思えなくはない(『わらわはユキ子姫じゃの巻』参照)。現在の菊地家の暮らしぶりを見てもその財力はかなりのもののようだし、真相はどうなのやら? 「大五郎三分間待つのだぞ!」という台詞は、時代劇をもとにしたレトルトカレーのCMパロディだろう。「おかみさん時間ですよ~~」というのは銭湯を舞台とするTVドラマで言われていた台詞と思われる。
(少年チャンピオン 1973年5月28日号)
(少年チャンピオン 1973年6月4日号)
(少年チャンピオン 1973年6月11日号)
(少年チャンピオン 1973年6月18日号)
(少年チャンピオン 1973年6月25日号)
(少年チャンピオン 1973年7月2日号)
(少年チャンピオン 1973年7月9日号)
(少年チャンピオン 1973年7月16日号)
(少年チャンピオン 1973年7月30日号)
(少年チャンピオン 1973年8月6日号)
(少年チャンピオン 1973年8月13日号)
(少年チャンピオン 1973年8月20日号)
(少年チャンピオン 1973年8月27日号)
(少年チャンピオン 1973年7月23日号)
*これより単行本の第4巻。
(少年チャンピオン 1973年9月3日号)
(少年チャンピオン 1973年9月10日号)
(少年チャンピオン 1973年9月17日号)
(少年チャンピオン 1973年9月24日号)
(少年チャンピオン 1973年10月1日号)
(少年チャンピオン 1973年10月8日号)
(少年チャンピオン 1973年10月15日号)
(少年チャンピオン 1973年10月22日号)
(少年チャンピオン 1973年10月29日号)
(少年チャンピオン 1973年11月5日号)
(少年チャンピオン 1973年11月12日号)
(少年チャンピオン 1973年11月19日号)
(少年チャンピオン 1973年11月26日号)
(少年チャンピオン 1973年12月3日号)
(少年チャンピオン 1973年12月10日号)
(少年チャンピオン 1973年12月17日号)
*これより単行本の第5巻。トビラでおさむが歌っているのはフィンガー5(ファイブ)の曲の一部か。「妻は夫をいたわり中学」という表札にどうも見覚えがあると思ったら、
(少年チャンピオン 1973年12月24日号)
(少年チャンピオン 1974年1月1日号)
(少年チャンピオン 1974年1月14日号)
(少年チャンピオン 1974年1月7日号)
(少年チャンピオン 1974年1月21日号)
(少年チャンピオン 1974年1月28日・2月4日号)
(少年チャンピオン 1974年2月11日号)
(少年チャンピオン 1974年2月18日号)
(少年チャンピオン 1974年2月25日・3月4日号)
(少年チャンピオン 1974年3月11日号)
(少年チャンピオン 1974年3月18日号)
(少年チャンピオン 1974年3月25日号)
(少年チャンピオン 1974年4月1日号)
(少年チャンピオン 1974年4月8日号)
(少年チャンピオン 1974年4月22日号)
(少年チャンピオン 1974年4月29日号)
(少年チャンピオン 1974年4月15日号)
*これより単行本の第6巻。ゴミ箱として描かれているのは1960年代まで日本各地に見られた様式のもの。
(少年チャンピオン 1974年5月6日号)
(少年チャンピオン 1974年5月13日号)
(少年チャンピオン 1974年5月20日号)
(少年チャンピオン 1974年5月27日号)
(少年チャンピオン 1974年6月3日号)
(少年チャンピオン 1974年6月10日号)
(少年チャンピオン 1974年6月17日号)
(少年チャンピオン 1974年6月24日号)
(少年チャンピオン 1974年7月1日号)
(少年チャンピオン 1974年7月8日号)
(少年チャンピオン 1974年7月15日号)
(少年チャンピオン 1974年7月22日号)
(少年チャンピオン 1974年7月29日号)
(少年チャンピオン 1974年8月5日号)
(少年チャンピオン 1974年8月12日号)
(少年チャンピオン 1974年8月19日号)
(少年チャンピオン 1974年8月26日号)